さくらの木の下で

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「……悔しいな」 桜を見ていたはずの視線はふと春桜を捉えて離れられなくなった。 一番好きな風景のはずなのに、今の春桜の姿の方が何百倍何千倍も目が離せない。 春桜の目には光る雫が一つ。二つと現れては消えていく。 「私は生きたい。 死にたくない」 こんな表情は初めて見た。 細い眉がきつく寄せられている。 「みんな、死というものに幻想を抱いてるんじゃないかって思う。 死なんて自分の意思じゃない全ての終幕。 死んだあとなんてただの抜け殻。 燃やせば灰になるし、置いとけば腐って土に返る。 人は生きてる間が全てなんだよ」 ふいに春桜がこちらを見た。 ぱちりと目があうと、僕の身体を何かの衝撃が貫く。 深くて、吸い込まれてしまいそうな瞳が、僕を射抜いていた。 「どうして今を全力で生きないの? もがいて生きることはそんなに醜い?」 僕は答えられない。 高校に入り、一生懸命ということが周りから揶揄の対象になることを知った。 そして、周りに流されるまま遊びを覚え、勉強を疎かにしてきたからだ。 .
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