新井達也の場合

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とある町はずれの廃ビル。 数年前に建設資金の不足によって、建設が中断され、そのまま放置された七階建ての建物の存在は、今や有名な心霊及び『自殺』スポットとして、地元の若者やオカルト好きなネット住人によって大きく取り上げられる程である。 そして今日もそんな噂を聞き付けて、一人の青年がその廃ビルの屋上にやってきた。 彼は重い足取りで、一歩ずつホコリまみれの階段を上り、長年使われていないせいかすっかり錆びついてしまった屋上へと続く扉を慎重に開けた。 その瞬間、この身を切り裂かんばかりの鋭い冷たい風が、黒いダウンジャケットを着た若い青年に容赦なく襲い掛かった。まるで、これ以上進むなと、彼に警告するように。 だが、青年は小さく舌打ちをして、ダウンジャケットのフードをさらに深く被ると、恨めしそうに天を仰いだ。 昨日の天気予報では曇るとされていた今宵の天気も、煌々と輝く満月がはっきり見えるほどに澄み渡っている。 天気予報が外れるとは、珍しい事もあるものだ。青年は深い絶望感で濁った瞳を満月に向け、悔しそうに唇を噛み締めた。
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