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とある自宅の一室。カーテンの奥から明るい日射しが溢れ、八月終わりが近付く朝が始まる。
まだ、ベッドの上でスヤスヤと静かな寝息を立てながら眠りつく少女。
……と、お気に入りの歌が段々と音量を上げて行く。
「……んん」
甘い声に続き、枕元に置かれた携帯電話に手を伸ばし取り敢えず止めた。
まだスヌーズ機能があるから大丈夫。うん、後五分。その思いでウトウトと眠りに黄昏ていれば……
でも、今日は違う。久しぶりだから早く起きるんだと思い出した。小さな口で大きく欠伸をしながら背筋を伸ばし、まだまだ眠い眼(マナコ)を擦る。
でも、漸く見慣れた場所に帰って来たんだと、部屋を見渡す。部屋に並べられた書物は数多く、その全てが小説。小学生になった時に買って貰った机。可愛いお気に入りのぬいぐるみ。
……やっぱり自宅だよね。
夏休みを終えた咲阿雲母(サクアキララ)は今日から学校が始まるんだと思えば、パジャマ姿でベッドから出て、部屋をあとに。
まだ寝呆けながらの足取りだが、十七年間住み慣れた自宅だけに、身体は勝手に一階に向かって行く。
まずは向かうのは洗面所であるが……
「おはよう、きーちゃん」
聞き慣れた声。長い黒髪を一本に束ね、優しい顔つきの母親。この時間はエプロン姿で朝の家事をこなす。
「おはよう~お母さん」
「大丈夫? まだ夏休み気分なんでしょう?」
「うん……まあ、夏休みの方が大変だったよ」
「そうだったの? 食事の支度はまだよ」
「はーい」
母親にも言ったが、実際、夏休みに行ったアルバイトは大変だった。自分の祖父の家が神社で、そこに住み込みでアルバイトをしたのだが……まず、神社の朝があんなにも早いものとはつゆ知らず、いつも以上に早い時間に起きなければならなかったのだ。
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