学校へ

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 朝食を家族三人で食べながら、他愛も無い話題を父親が振る。それに自分と母親がああだこうだと会話をするのが、咲阿家の食卓である。  ……これも久しぶり。何せ、アルバイト期間は、異性と二人きりでの食事で、相手が無口であった。今の状況とは真逆な食卓だった。  ……誠吾(セイゴ)さん。  彼と食事をした事を思い出す。この夏休み雲母にとって大切な想い人になった男性である。この夏を大きく変えた人物で、無口だったが料理を食べる時は美味しいと言ってくれる。それが心底嬉しかった。 「……雲母?」 「――ぁぅ? な、何??」 「なんかあったのか? 食事中にニヤニヤ笑うなんて」 「――ぇ? あははは、私、そんなんだったかな?」  焦る声色は、虚しい程に乱れていた。雲母は短い時間の中で、大好きな小説から培った豊かな想像力で誠吾と食事した光景を美化し、勝手に酔いしれていたのだ。 「はいはい。きーちゃんの事だから、アルバイト期間に小説読みすぎたせいで、物語の世界にトリップしたんでしょう?」  母親がいつの通りと言わんばかりに喋る。それに対しても微笑で誤魔化しに掛かるか雲母だが、内心では小説よりも異常な事になっていたんだよ。と、考えていた。 「ご馳走。……さて、少し早いけど、美希(ミキ)ちゃんと待ち合わせしてるから行こうかな」  それは逃げるように立ち上がる。まあ、実際にその話題に対して、頭の中がまだ整理ついて無いのもあった。  雲母は鞄を手にすれば、今一度、鏡の前で身嗜みを確認し、軽い足取りで家から出て行った。  青空の下を歩く。朝の早い時間だが、やっぱりまだまだ暑くなるんだなぁ~と思いながらゆっくり歩く。  でも、違う。確かに太陽の日射しは厳しいけど、聞こえてこない。  蝉の声。やっぱり此処では聞こえないんだね。夏休み期間、耳にタコが出来る程に聞いていたあの鳴き声だが、聞こえなくなると妙に寂しく思える。  変わりに聞こえるのは、忙しく歩む人々の雑踏。学校、仕事に向かう人々で溢れる街中を制服姿で歩む彼女が向かうのは、駅の傍にあるコンビニである。
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