78人が本棚に入れています
本棚に追加
私は蘇った苦い記憶に蓋をすると、テーブルの上の資料を集め始めた。
「ごめん、杉田。後は私がやるからもう戻って。今日はありがとう」
杉田の方は見ずに机に置かれたA4の紙の束をまとめていると、不意に背中に重みがかかった。
胸元には、質の良いダークグレーのスーツが見える。
一瞬、何が起きたのか理解が遅れる。
だけど、私のものではないムスクの匂いが鼻先を掠め、すぐに杉田に背後から抱きしめられているんだと分かった。
「―――ちょっ」
「大野はいつまで一人で頑張るつもりなの?」
押し殺した様な、少し掠れた声に、思わず抗議の声が止まる。
「瀬戸以外の男はカスみたいに思ってるわけ?」
突然、今しがた思い出したばかりの元彼の名前に、体が強張るのが分かった。
今更好きでも何でもないけど、名前を聞くと反応してしまうのは、もう条件反射みたいなものだと思う。
だけど、その刹那―――。
最初のコメントを投稿しよう!