その3-1

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メールを受け取り、夫との生活を捨てて、家に戻って数日が経過した。 「お姉ちゃん、お義理兄さんがいらしてよ」 加奈子の声は喜び踊っていた。舞子と夫の修羅場を楽しみにしていることは手に取るようだった。 あの赤く染まった部屋のドアを即座に閉めて以来舞子は、客室で過ごしていた。 いっそ、妹とともに狂気に陥ってしまおうか?しかし一方で正気(らしい)舞子が、それを止めるのだ。そんな数日の葛藤から、舞子をノロノロとベッドから剥ぎ取り、「来客室」へ重く足を動かした。夫はすでに舞子の中でも「客」なのだ。しかし、パジャマを着替えるという考えは全く思いつかなかった。思考停止。 「お待たせ…」 最後まで言えなかった。夫は義理の両親といっしょだった。 「舞ちゃん…」 絶句しながら声を絞り出したのは夫ではなく義理の母だった。それが不思議で私は顔しかめた。義母なぞがなぜ嫁の心配をするものか?そもそも、そこから舞子には理解できなかったのだ。 「ご両親まで連れてくるとはね」 舞子の口から心の叫びと正反対の皮肉な言葉がスラスラ出る。違う。これは私じゃない!しかし舞子の口は意思に反し続けた。 「親付きでないと話し合えないわけね、あなたは」 そういう舞子の姿を鏡が舞子の横目に写した。まるで計算されたような場所に鏡は置いてあった。心の正気が凍りつく。鏡の中にいたのは祖母だった。私は私ではないのか?血が脈々と受け継がれているだけの存在なのか?途端に思考が溢れ歪み、気持ちが乱れる。それが舞子の正気の仕業であると気付いたのは無論加奈子だった。 「姉は疲れています。しばし休息を実家でとらせていただきたく思います」 (違う、それは違う!)声にならぬ叫びは、夫には届かなかった。 静けさの攻防がしばし続いた。舞子の一部は心で叫び続けていた。しかし、声なき声を聴く者がいないのは、嫌というほど思い知らされている。誰も気づかない、加奈子を除いては…。 舞子の状態は三人には常軌を逸してると映った。加奈子にしばらく舞子をお願いすると言い残し帰って行った。そうなるのは舞子にはわかっていた。
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