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「こちらの方に貴方のお宅もあるんですか?」
案内を買って出た時の言葉を思ってか、女性は言いながら辺りを見回し始めた。街中では街灯のせいで顔を見る事が出来なかったが、今度は街灯がないせいで顔を見る事が出来ない。おそらく彼女も、僕の顔をまともに見れていないだろう。
「ええ、まあ。静かで、良い所ですよ」
「でも、やっぱり……街の方に比べると、ちょっとだけ寂しいですね」
「それは否定出来ません」
そう言って肩を竦めると、彼女はくすくすと笑った。
「何だか、貴方とは初めて会った気がしませんね。私が知っている人に、よく似ています」
「へえ、それはそれは。どんな人だったんですか?」
「とても、嘘吐きな人でした。いつもいつも、飽きる事無く嘘ばかり。その割りに、その嘘は下手なものばかりなんです。だから逆に、誰もが彼の吐く嘘に騙される事はなくて……どちらかというと、冗談にしか聞こえませんでした」
随分とまあ、上達しない人だったらしい。嘘が上達しても良い事なんてないが、そこまでいくといっそ報われない。
きっと、その人が吐く嘘は綻びだらけだったのだろう。
「でも、ですね。その代わりというか、とても優しい人でもありました。嘘を吐いて欲しい時に欲しい嘘を吐いてくれる、そういう人だったんです」
それもやっぱり、下手だったんですけどね、と彼女は笑う。どこか、悲しげな笑みだ。懐かしみを感じているようにも、見えた。
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