ここに一つの嘘がある。

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「彼のおかげ、と言いますかね。私達は幼い頃からずっと一緒……所謂幼馴染というものだったんですが……、彼がそんなだから、私は嘘を吐こうにも吐けなかったんです。だって、私が吐こうとした嘘もひっくるめて、彼が先に口にしてしまうんですもん」 「ありがたいやら迷惑な事やら、という感じですね」 「はい、本当に……」  女性の言葉の後、視界の先に微かな街灯の光が見えた。その下には霊園の名前があり、後ろでは墓石であろう物が灯を受けて表面を輝かせている。  薄気味悪い場所だ、と思う。  ぼんやりと照らし出された墓石の群れ。季節柄虫の声が絶え間なく鼓膜を揺らし、賑やかといえばそうでもあるが、しかしそれすらも薄気味悪さを増徴させるものでしかないように感じてしまう。 「あ……、着いたみたい、ですね」 「はい。まあ、こんな街外れですから不審者が出る事もないでしょうが、一応気を付けて下さいね。僕はそろそろ、帰ろうと思っているので」  言うと彼女は、はっとしたようにこちらを向いた。そして迷うような戸惑うような仕草を見せ、どうにか見えた小さな唇から声を零した。 「ありがとうございました。それで、その……私は貴方に謝らなければなりません」 「謝る、ですか?」 「はい。実は、私……この場所を、知っていましたから。本当は案内なんて、要らなかったんです」  成る程、と小さく頷く。  要は――嘘を吐いたと、そういう事だ。これまで吐けなかった嘘を、遂に吐く事が出来たのだ。
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