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しかし、
「いえ、別に、気にしないで下さい。どうせ僕も帰らなければならなかったんですから、道中の話し相手が出来たと思えば。元々次いでみたいなものだったですしね」
こちらも気になんてしていない。どうせ暇を持て余している身だ。その暇を多少なり潰せたのだから、お礼を言う義理はあっても言われる義理はない。
だが女性は、納得出来ないとばかりに首を振った。その拍子に僅かばかりに水滴が、僕の頬に散る。
涙。
彼女は泣いていた。たかだか嘘を吐いたくらいで、涙を流していた。
暗闇の中、やはりはっきりと顔を見る事は出来ないが――どんな表情をしているのかは、想像出来た。
「違います、そうじゃないんです。どうして……まだ嘘を、吐き続けるの?」
「……嘘を吐いたのは、貴女でしょう」
「だから……!」
彼女の手が伸びる。僕の襟元を掴んで、引き寄せる。
細い腕だ。力は弱い。けれど、どうしてだろう……拒もうと足掻く事を、僕はしなかった。
否――出来なかったのかも、しれない。
「私が気付かないとでも、思ったの……?」
震える声。彼女の細腕は、僕をしっかりと抱きとめていた。
懐かしい香りがした。鼻腔を擽る、甘くて清楚な、花の香りだ。
それはある女性が幼い頃より育てていた、牡丹の花。
「気付かなければ良いと、思っていたよ。ただでさえ嘘吐きな僕が――死んだ今、嘘の塊のようなものになっている。こんな嘘を、君には見られたくなかった」
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