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「んお?」
雨の中を、一人の女性がずぶ濡れになりながら走っているのが拳の目に止まる。彼女はその顔を恐怖に歪めながら、拳のいる方へ駆けてくる。
明らかに何かから逃げていた。拳は視線を彼女から外し、後から来るであろう者へと注意を向ける。
しかし、雨で濡れた路面に足を滑らせた女性が激しく転倒したため、拳の視線はすぐに彼女へと戻された。側まで駆け寄り、声をかける。
「大丈夫かアンタ……っ!?」
助け起こした時、拳は思わず頬を赤く染めた。恐らく二十代前半くらいの歳と思われる彼女は、それほどに美人であった。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。その言技の発現者ではないかと思うほどに。
「……放してっ!」
助けてくれた拳を冷たく突き放すと、女性はすぐさま逃走を再開した。だが、転んだ時に足首を捻ったらしく、思うように走ることができないようであった。
「おい、無茶するなって!」
気遣う拳の言葉を無視し、彼女はゆっくり一歩一歩逃げていく。頻りに後ろを振り返る様子を見ると、やはり何者かに追われているようだ。
「悪漢にでも追われているなら、警察でも呼ぶか?」
「警察ならもうじき来るぞ」
拳が女性へ向けた言葉に返事を返したのは、ゲームセンターから出てきた速人であった。その後に続き、シャギーと理将も外へと出てくる。
「警察が来るって、また通報されたのか風切」
「全くもって失礼極まりない話だ。人を外見で判断するのは間違っているだろう」
「つーかさー、買い出しから戻らないと思ったらナンパかよ大山っち。しかもスゲー美人さん! 俺もお近づきになりたいなー」
「いや、どうやらそんな暢気な状況ではないようだね。ないようだよ。ないみたいだ」
言って、シャギーは拳の後ろを指さした。そこには、こちらへ向かって歩いてくる二人組がいた。一人は雨合羽に身を包む小学校中学年くらいの男の子。とても必死になって逃げるような相手には思えないが、問題なのはもう一人の方であった。
ガシャン、ガシャンと硬く重い金属が擦れ合う音が雨の降り注ぐ街に響く。全身を包む銀色に輝くそれは雨粒を完全に防いではいるが、雨具と呼ぶにはいささか重厚過ぎている。
もう一人の姿は――西洋甲冑を纏う騎士そのものであった。
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