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じろっと、緋村の視線が龍人に向けられる。彼女の立ち位置は龍人の斜め前。十分視界の内に入っていた。
しかし気付かなかった。本当に。少しも。
ほんの一、二秒かと思っていたが、どうやらずいぶん長く自分の世界に入り込んでいたらしい。
「それで? 何の悪巧みをしてたの?」
「悪巧みなんてしてませんよ人聞きの悪い。僕らが話していたのは神隠し事件の事ですよ」
「ふーん……でも、そうとは思えないんだけど」
緋村が首を回し、視線を別方向に飛ばす。
龍人もその後を追うと……千秋と柚稀がこちらを見ながらニヤニヤと笑っていた。
「ちょっとちょっとちょっと隣の旦那さん。見てくださいよ。向かいのお嬢さんがあたし達に嫉妬してらっしゃいますわ」
「いやですねもう。俺っち達は普通にお喋りしてただけなのに。どんだけ独占欲強いんですかあの子は?」
グフフ、と笑い声。確かにあの二人の態度を見れば、悪巧みしているように見えなくもない。
千秋と柚稀は、どちらもまるで内緒話をするみたいに手を口に当てているが全部聞えてしまっている。というか、わざと聞こえるように言っているとしか思えない。
緋村は呆れて溜息をこぼし、
「……あの馬鹿二人は無視していいから。先にAS室に行ってましょ」
「え、でも……いいんですか?」
「いい。どうせすぐ後ろからついてくるんだし、何より今は相手にするだけ面倒なだけだから」
赤い髪を翻し、緋村はさっさと教室の外に出ようとする。
いいのかな? と一瞬躊躇ったものの、艶めかしい視線を浴びせる二人を一瞥し、龍人は緋村の後を追おうとした。
その直後だった。
「……?」
ふと違和感を感じ取った。
妙に廊下が騒がしい。
皆がほぼ一斉に下校を始めているので足音や話し声が拡散してざわざわ騒がしくなるのは当然なのだけれど、いつもと様子が違った。音の中にいくつか悲鳴にも似た声が混ざっている。そしてその悲鳴は段々と数が増え、こちらに近づいてくる。
(何だ……?)
龍人は廊下に移動すると、先に出ていた緋村の後ろから顔を出す。
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