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仰木朱熹という高校生がいる。
性別は女。一八歳。昨年まで女子高だったが少子化問題故に今年度から共学になった四季乃木高校に通う二年生。テニス部に所属。
それだけ語れば彼女の説明は事足りる。
普通の家庭に生まれた彼女はどこにでもいそうな普通の少女だった。
好きな事はあるが、深くのめり込んでいるわけではなく、得意な事があっても周りよりわずかに上手くできるほど。普通の学力で普通の運動神経を持ち、普通に親がいて普通に友達がいて普通に恋をして普通に努力して普通に失恋して。誰ともそう変わらない普通の人生を歩んできた。
約15年生きているけれど、仰木の人生に突飛な出来事は一つもない。
しかし、だからと言って不満があるわけでもなかった。それが当然だと思っていたし、それなりに楽しくはあったので、どちらかといえば満足していた。
きっとこれからも、私の人生に変わった事や特別な事は起こらないんだろうな。
普通な彼女は、普通にそう思っていた。
……けれど、仰木朱熹の考えは見事に打ち砕かれることになる。
その日の夜、彼女は特別になった。何のイタズラか、スポットライトは彼女に当たっていた。
「ハッハッハッハッ……」
仰木は走っていた。息を切らせ、ほとんど全力に近いスピードで。
(……だ、誰か……)
心の中で呟きながら、ちらっと後ろを振り返る。
(誰か……助けて……!!)
仰木は追われていた。見ず知らずの、五〇代くらいの中年男に。
後ろからくる男の様子は、どう見ても落し物を届けてくれようとしているようには見えなかった。
「っ……」
仰木は歯を食いしばり、さらに必死になって逃げる。
何故普通な自分がこんな目に遭っているのか。その理由がまったく分からない。
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