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ほんの数分前までいつもと変わらない一日だったはずだ。いつもと同じ時間に起床していつもと同じ時間に家を出て、学校に行き、授業を受け、部活をして、塾に行ってまた勉強して、そしていつもと同じように帰っていただけなのに。
(それなのに、どうして……)
もはや不幸としか言いようがない。
不審者と思われる後ろの男に追われている事もそうだが、後を付けられているのに気付いたタイミングの悪さについてもそうだ。
仰木は今、緑地公園の中にいた。ここは発展都市のほぼ中央に位置し、第二、第三、第七、第九、第一二地区の五つの地区を跨いでいる。公園というよりは小さな森と呼ぶ方が相応しいくらいその面積は広大だ。
仰木の家は第三地区にあり、塾から家に帰るとなると、この公園を通った方が近道なのでよく利用していたのだ。
近道しようなんて思うんじゃなかったと、仰木朱熹は今更になって思う。
辺りは街灯がないと何も見えないくらい真っ暗で、もうずいぶん遅い時間だった。大通りや住宅街近くの道なら誰かいるだろうけど、こんな夜更けにこの公園をうろつく人を仰木は今まで一度も見たことがなかった。
周りに人の気配はない。何度も叫んでみたりしたが、やはり気付いてくれる人はいなかった。
しかしそれでも、彼女は悲痛な叫び声を上げる。
「だっ、誰か、誰かぁー!!」
走りながら声を張り上げ、再び後ろを見る。
後ろから迫る男との距離はさっき見た時よりも縮まっていた。
残りは一〇メートルもない。このままでは追いつかれてしまう。
と、その時。
「グ……ルゥゥアアアアアアアアアアあああああ!!」
「……っ!?」
後ろの男が、まるで獰猛な獣のような声で吠えた。仰木の心が、さらに恐怖で駆り立てられる。
あの男は異常だと、仰木は思った。それは自分を追ってくるからとか、奇声を上げたからではなく。
目の色が光ってたからだ。
比喩でも何でもなく、男の目は夜目の効く動物のように、金色に光っていた。街灯の下から離れ、暗闇に入ってもその輝きは失われない。
「グオオオオオオオッッ!!」
男はまた吼え、さらに走る速度を上げた。
仰木も懸命に足を動かすが今以上にスピードを上げることができない。それどころか、力が尽き始めていた。
距離がまた縮まる。公園の出口はまだ見えない。
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