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生まれて初めて見る列車を前に、完全に立ち止った少女……ルティエは、教徒達の方を向きながら、それでも後退りをしていた。
「戻れません! 教団がハルー人にしている事を知っています! 世界の人々に黙って!」
「ッチ! これ以上この事を周囲に知らされるのはまずい」
教徒達はルティエの言葉に構わず、一歩、また一歩と詰め寄って来た。
後ろからは相変わらず列車が走る音と、踏切の大きな警報音が鼓膜を揺らしている。
通り過ぎる人々の中には、ヒソヒソと会話をしている人がいた。
「ハルー人ですって?」
「なんでこんな所にいるのかしらね~?」
「魔術だなんておっかないもの使って来たらどうするのさ? 早く捕まえて教会に送ってください!」
ルティエは唇を噛み締めていた。
何も……分かってくれない。
ある程度覚悟は出来ていたが、それでも堪えるものはあった。
「さぁ、観念するんだ。この世界はハルー人を決して受け入れはしない」
「…………」
「君達はただ、我々に庇われていれば良いんだ。そうすれば世界は平和のまま……。アラルト様のお望み通りな」
アラルト……。
現シス教団のトップに立つ人物だ。
「ううん。私は諦めません!」
そう言い放ち、しかし今は逃げる事しか出来なかった。
驚く教徒達を後目に、ルティエは踏切を渡り、走る列車にその身を躍らした。
「何だと……!?」
列車の連結部に上手く乗れはしたが、その先の事を考える余裕は無かった。
精々落ちない様にしたが、吹き付ける風が彼女の身体を強く叩く。
遠くなって行く追手の声だが、ここまで来た疲労が一気に彼女に押し寄せ、次第に力を奪って行く……。
(死ねない……のに……)
必死で身体を支える腕の力も弱まり、やがてルティエの意識は、深い闇の中へと落ちて行ってしまった……。
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