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「惣一……」
目の前の人の陰になり、姿の見えない父親の声が、弱々しく聴こえた。
「……お前、知らなかったのか……?」
何を、と訊くまでもなく察する、おれの知らなかった‘事情’。
「だったら、……相手はお前じゃないかもしれないんだな……?」
強く締め上げられていた首元は、父親の言葉を聞いたからか、ゆっくりと解かれる。
怒気がわずかに緩まったりなの父親の腕を離し、その懐から抜け出した。
「……社長、まずは事実を確かめて……」
位置をずれたことで、すぐそばにいた父親の姿が目に入る。
自分の息子が、大変なことをしでかしてしまったかもしれないという焦りの表情。
それがもしかしたら、違うかもしれないというかすかな希望に縋ろうとしている引き攣った笑み。
おれはみっともなくも見えた父親に、これまでの不満を恨みに変えて返すかのように、静かに叩き付けた。
「……おれだよ」
青ざめる父親の向こうに、部屋の入り口にたたずんでいた母親の口を押さえる姿をとらえた。
「相手は、……おれだ」
現実を受け入れきれず、呆然と立ち尽くす大人達をすり抜けて、おれは向かうべき場所へとふらつく足を向けた。
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