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重い拳で殴られた頬の痛みは、自転車を漕ぐ精一杯の力に影を潜める。
今は、それどころではない。
ポケットの中に、携帯を探った。
しかし、たしかにそこに入れておいたと思っていたものは、こんなときに限っておれを裏切る。
さっき倒れた拍子に床に転がったであろう可能性を恨む舌打ちは、風を切る耳には届かなかった。
一秒でも早く、彼女の声が聴きたかった。
彼女の気持ちが、知りたかった。
……どんな思いでおれから離れ、
……どんな瞳でおれを見ないようにして、
……ひとりで、あんな小さな身体を、抱え込んでいたのかと――……
電話をかけて居場所を訊くつもりだったのに、それは叶わないまま自転車を走らせる。
確信だったのか、本能で察したのか、向かう先は彼女の家。
見慣れた景色の中、全速力で風を切った。
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