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呼吸はすっかり落ち着いてしまっているのに、激しい鼓動のせいにする恐怖が、もう一歩を踏み出させない。 本当に、心底情けない。 ここに来てもおれは、自分の心を守ろうとしているんだ。 こつ、と額を扉に当て、そっと掌を添える。 でもやっぱり…… ……ここにいる気がする…… 触れた手をぐっと拳に変え、震えるかもしれない声を限界まで落ち着かせ、その名を口にした。 「……りな……」 自分が発した音なのに、その響きがとても愛おしい。 口当たりが好いとでも言うんだろうか。 久しぶりに声に出した名前は、何度でも紡ぎたくなる。 さっき親父さんに問うたときとは全く違う。 りなに向けて発しているから……心地好いんだ。 「りな」 あまりの口当たりの好さに、今度は無意識に零してしまった。 それでもまだ、反応はない。 やはりここにあると感じた気配は、彼女の生活空間にいるからこその勘違いかもしれなくて、諦めの溜め息を小さく吐いた。
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