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柔らかく触れただけだった口唇は、わざと音を立てて……おれを試すように、一度僅かな距離を作り離れる。
「……そうちゃん……」
吐息を飲み込める近さで、甘くねだるようにおれの名を口にする口唇は、……再接近しながら、必死に持たせようとするおれの理性を更に惑わせる。
「……」
まんまとりなの思惑に流される自分の口が、僅かな隙間を作り柔らかな口唇を待ち構えていると、
「惣一、ごはんよー」
突如、おれの理性を蘇らせる母親の声に、心臓がびくんと驚いた。
おれの首に回されていた華奢な腕をそっと掴み、なるべく拒絶を思わせないように甘い香り纏う身体を優しく引き離す。
重なる寸前だった口唇を名残惜しく遠ざけると、せめてもの償いにと、ふわふわの髪纏う頭を抱き込み、自らの胸元へと引き寄せた。
「りな……家まで送るから」
まだここに居て欲しい、と思う気持ちと正反対の言葉は、
「や」
当然のことながら拒否される。
「りな」
「じゃあ、そうちゃんからキスしてくれたら帰る」
なんだ、その理に適わない交換条件……
「駄目」
「どうしてっ? なんでそうちゃんからは何にもしてくれないの? ……想い合ってる恋人同士ならそのくらい普通でしょ?」
「おれ達は恋人同士じゃないよ」
言いながら、そっとりなの丸い頬に手を添え、親指で優しく撫ぜる。
少しだけおれの掌に重みを乗せてくるりなに、諭すように呟いた。
「だから何もしない。……出来ない」
自分自身が発した言葉に、罪悪感が湧くのは、……もう、どうしようもない。
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