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「やっぱり受験生は忙しいか」
「……そんなんじゃない……」
泰地の言葉に、小さくて身勝手な苛立ちが生まれ、ふてたように応える。
「そうちゃん、今年は来られなかったんじゃないよ……」
「……」
「……来ちゃ駄目って、言われたの」
泰地を困らせるのを承知で、彼からの話を脚色して低く呟いた。
「また、うちの親父がなんか言ったんだろ。……そういうの全然構わないって、いつも言ってるのに」
心の底から吐き出される泰地の溜め息に、偽善なんてものは見つからない。
だから余計に、嫌味に呟いた自分が滑稽に思える。
泰地は、ずっと前からそうだ。
婚約者のくせに……わたしと彼の気持ちを、かばうようなことを言う。
もしかしたら泰地にも、他にすきな人が居るのかもしれなくて、
わたしとの結婚なんて、本当は望んでなんかいなくて、
いつ婚約を撤回しようかと、時期を見ているのかもしれない……
そんな風に思えるほど、……泰地はいつだって、なぜか“わたし達”を気遣ってくれるのだ。
「そろそろコテージ戻ろうか。そうめん流し、準備してくれてるはずだから」
「……」
「ここ、携帯の電波入らないんだな。とっくに昼過ぎてるのに呼び出しの電話も掛かってこないはずだ」
「……」
「連絡、取れないと……心配してるかもしれないな」
「……」
「大人達」
泰地がもっと、強引で陰湿な人だったら……
それを引き合いに、思い切り突き飛ばして、今すぐ彼の元へ飛んで行くのに……
「……うん……」
泰地はいつだって、わたし達の心を察知して、
こんな風にさりげなく……気遣ってくれるんだ……
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