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自転車を走らせながら切る闇夜の風は幾分涼しいものの、夏の空気はやっぱり温い。
それでも、不快を感じないのは、背中に密着する愛しい温もりのお陰だ。
自転車の荷台に乗せたりなが、おれの腹部にしっかりと腕を巻き付け、不貞腐れたまま呟いた。
「このまま、どこか行きたい……」
「……」
「誰も、居ないとこ……行きたい」
「……」
りなの呟きは、誰に受け止められるでもなく……闇夜に溶ける。
誰に、というよりは、明らかにおれに向けられた言葉が、虚しく消え失せながらりなを傷付ける。
そして、何の返答もしないおれ自身が、痛んでいることも……恐らく、りなは承知だ。
おれだって、出来ることならそうしたい……
刻々と迫り来る未来の現実から逃げたいと、りなは時々おれに訴えてくる。
二人が後々傷つかないようになんて、りなとの距離を取ろうとしているおれは、
結局、自分の傷を最小限に留めようとしてるだけだと思う。
一番辛いのは、りななのに。
腹部に回された華奢な手に、ぎゅっと自分の手を絡める。
誰に願うでもないけれど、……思わずにはいられない。
……今のこのささやかな幸せを、
もう少しだけ感じていてもいいだろうか、と。
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