第零章

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 立ち上がって、桂川に沿って歩く。すると、桂川は一本の川と合流した。鴨川だ。水流のぶつかり合う所は飛沫を上げ、渦巻いている。鴨川に沿って歩くには川を渡る必要がある。  下人は数度瞬きした後、刀を腰から鞘ごと抜き、背負っている風呂敷の端を解いて、刀を結び付ける。それをひょいっ、と対岸に放り投げた。刀がカチャリと鳴ったが何事も無く、地面に着地した。  襖(あお)の裾を膝上まで託し上げ、軽く結び、懐から襷(たすき)を取り出して、袖を託し上げた。川の合流地点から数間離れた所で、下人は桂川に足を踏み入れた。  途端に力が押し寄せ、倒れそうになる。冬に近いからか、ヒヤリと冷たい水が足から体温を奪っていく。引き返したくなったが、下人はぐっと留めて、足を進める。(おれは覚悟を決めたのだ。引き返すな、おれは武士の端くれだろう)体温を奪われ、もはや感覚のない脚を動かした。  やっとこさ岸に到達し、這いつくばって川から上がる。遠かった筈の合流地点が腕二本分の距離になっていた。  カタカタと歯を鳴らして、下人はぶるりと身体を震わせた。川の渦に巻き込まれれば、泳ぎの苦手な下人は足を取られ、溺れ死んでいただろう。  腕をさすりながら、下人は風呂敷から着物を取り出す。主人から暇を出された際に持ち出した替えの着物である。  それに手早く着替え、暖を取る。足の感覚が戻ったところで、下人は濡れた襖を絞り、羽織った。(乾かすのに仕方あるまい)刀を腰に差し、風呂敷を背負い直して、下人は再び歩き始めた。
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