第零章

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 聞くに耐えない愚図り声に、下人は一つ大きな舌打ちをする。刀で殺そうか、と考えて、愚図り声のする女の死体のもとに近付くと、女に抱えられ、守られている幼子(おさなご)が居た。  幼子は、目の前に横たわる、二度と動かぬ女の腕の中で泣き叫ぶ。女は背中をサックリと斬られ、夥(おびただ)しい量の血を流し、事切れていた。  下人は目尻に涙を溜め、泣き叫ぶ幼子の姿を見て、ドキリとした。何かが下人の体に纏わり付き、下人の足取りを重くする。同様に右手に持つ刀が重くなった。  幼子と刀、そして幼子の隣に動かぬ女へと視線を巡らし、下人は刀を鞘に収めた。  「…はぁ」  天を仰ぎ、下人は溜め息を吐く。(罪滅ぼしか、気紛れか…。何をしようとしているのだろうか、己は)片手で後頭部を掻く。それから幼子の側に行き、しゃがんで腕を伸ばし、手で幼子の腰紐を引っ掛け、持ち上げた。  「…うぎゃっ、…っぅう~」  愚図っていた幼子は突然の衝撃に小さく悲鳴をあげ、泣き声を潜める。まだ、涙は目尻から零れ落ちるも、先程と比べ、治まっている。  「あ~、泣くな、泣くな。…まあ、訳が解らぬだろうが、私はお前を育て上げることにした。……そう、決めた。文句は受け付かないからな」  己自身に、そして、目尻に雫を溜め、下人を見上げる幼子に、言い聞かせるように下人は宣言した。更なる覚悟を下人は言葉に込め、胸に刻み込んだ。
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