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――あの勇気は一体どこから湧いて出てきたのか、未だにそれは分からない。
中学の卒業式の日は、たしか、晴れていた。彼の名前を呼んだ時、彼は多くの友人や後輩に囲まれていて、私の声に気付いた彼は私のもとへ来ると、『なんだか話すの久しぶりじゃねー?』と笑って、両手をふさいでいる多くの花束の間から顔をのぞかせて首を傾げた。
心臓があまりにも速く動くので、これはいつ停まってもおかしくないんじゃないかとさえ思えてくるほど、その時の私は緊張していた。
『う、うん……。あの、わ、渡したいものがあって――ぃ、時間あるかな?』
『ん、いいけど、教室?』
コクリと頷いて、おそるおそる彼を見上げる。彼は後ろを振り返ってから『ちょっと待ってろ』と、彼の仲間たちがいるところへと戻って行った。彼は半ば無理やりな感じで、友人二人に花束と卒業証書を預けると、再び戻ってきた。仲間たちは、ニヤニヤしながらこっちを見てきたので、私は彼らと目を合わせぬよう玄関に走った。
もう使うことのない内履きを履いて顔をあげると、いつの間にか目の前に、不思議そうな顔で内履きを履かずに靴下のままの彼が立っていた。『行くか。何組だっけ? B?』『う、うんっ』内履きを履いている私に対して彼は履いていなかったので、ほんの少しいつもより身長差がなくなって、顔が近い気がした。
3年B組の教室に入ると、[卒業おめでとう]と担任の先生の字で書かれた黒板が最初に目に入った。机と椅子がずらりと並んだ、誰もいない静かな教室。私は、自分が使っていたロッカーを開けて、その中から青色でラッピングされた袋を震える手で取り出す。ゆっくりと深呼吸をしてロッカーを閉じ、彼にその袋を差し出した。
『え……っ、これ俺にくれんの?』
『高校、県外に行くって聞いて……。すごく、その、生徒会のときお世話になったから――』
ありがとう、という言葉とともに、彼の手にそれが渡る。
――――今しかない。
その時、そう思った。躊躇も何もなくて気付いたら口が動いていた。そんな感じだった気がする。
『ず、ずっと好きでしたっ……! さよなら!!』
最後に覚えているのは、彼の学生服の前ボタンが全部なくなっていたことで中の白いシャツが丸見えで、日の光でやけにそれが眩しくみえたこと。それから、
『――――サチ!』
彼が名付けてくれた呼び名が聞こえたこと。
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