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アイリスがただの客ではないと、見抜いての事だ。思えばアップルパイをホールで出すのも非常識である。常人ならば食べきる前に甘すぎて気持ち悪くなる量だからだ。アイリスが無類のアップルパイ好きだという『情報』を、踏まえてのもてなしに違い無い。
「ふふ、さすがね……」
言ったレイズの切れ長の瞳に、ぎらりと鋭い光が過った。心臓を射抜かれるような冷たさに、アイリスは満足げな笑みを浮かべる。
この情報屋、なかなかの腕である。情報屋としても、そして恐らく、戦闘においても。だが、彼女の瞳に気をとられ過ぎたのがいけなかった。
「あっ……」
ぴょんと、先ほどの黒猫がカウンターへ降り立ち、
「にゃーん」
「ちょっ!?」
せっかくのパイをくわえて、そのまま床へと飛び降りた。
「こ、こらっ! 返せ、あたしのパイ!!」
泳がせる掌は空を切るのみである。
「あははは」
あっという間に、店にいた数匹の猫達が、アイリスのパイに群がっていた。
「この、猫どもっ……! おいレイズ、笑い事じゃねぇぞ!! ここは喫茶店だろうが!!」
怒った顔で喚いてみるも、腹の虫が鳴いてはどうしようもない。
「ううっ……」
アイリスが悔しそうな表情で呻きながら、レイズの顔を睨み付けた。
「ふふふ、ごめんね。まぁ、話は長引くだろうし、ゆっくりして行けばいいじゃない。パイならまた焼くよ」
苦笑するレイズへ諦めたように溜め息を吐いたアイリスが、恨めしげな視線を空になったプレートに注ぎつつ、コーヒーからひょっこり伸びるストローへ口をつけた。
「それで……」
と、再び冷蔵庫からパイ生地を取り出しながらレイズが、
「君がこの街に来た目的って、何かな?」
「……知ってる事を、わざわざ聞くんじゃねーよ」
ムスっとしたアイリスの顔。機嫌はまだ直らない。
「ふふ。手厳しいね」
と、肩を竦めた所を見ると、アイリスの言葉はどうやら図星らしい。
「関連情報があるなら、買う。幾らだ」
「うーん、それなんだけど」
「……?」
「買う必要は、無いかも」
「何?」
にっこりと笑う女店主、レイズ・スナイプ。
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