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屈託の無い笑顔ゆえに、入り込む隙が無い。レイズの言葉が、次々とアイリスの思考回路を稼働させる。アイリスの目的と、この街の特性。それらを考慮して導かれる結論が正しいのならば、
「大した、情報屋だな、お前……」
常人ならば、こんなにも無邪気な笑顔など浮かべるはずか無い。驚きと感心が入り交じり、アイリスの鼓動が速くなる。だがその顔には、不敵な笑みが浮かべられていた。
「追加の情報は、要る? ここからは有料になるけど」
「いや、いい」
即答するアイリス、驚き瞳をまたたくレイズ。
「君も、大した胆の座り方をしてるね」
「必要無いかもって言ったのはどっちだ」
「ふふ、それもそうだね」
チンと鳴るのは、オーブンのベル。この話は、この辺りでお開きである。
再び目の前に置かれた、プレートいっぱいのアップルパイ。アイリスのラズベリー色の瞳が、キラキラと輝いた。
「今度は、うちの猫達に……」
気をつけてね、とレイズが言うより速く、アイリスがパイにかじりついていた。
「んん、んまい! 生地が良いな、レイズ」
「ふふ、ありがとう」
よほど腹を空かせていたのだろうか、それとも先の情報に満足したのだろうか、先ほどまでの不機嫌さはどこへやら、夢中になってパイを頬張るアイリスの様を眺めながら、
(子猫みたいな娘ね……)
レイズの頬も緩んだのだった。
しばらくして。
アイリスは、この街の基本的な情報を多数仕入れ、意気揚々と喫茶店『Keep Out』を後にした。
「世話になったな、レイズ」
「ええ」
「またアップルパイ食いに来るからな!」
「待ってるよ」
「じゃあな!」
カラカラと上機嫌なベルの音へ、ゆらゆらと手を振るレイズ。
「また……」
パタンと、扉がアイリスの小さな体を店の外へ吐き出した。
「会えるといいけど……」
淋しげな表情で呟いたレイズの声は、自分の耳にも届かないほどに小さかった。
「顧客に思い入れなんかするもんじゃありませんよ、レイズさん」
だが、その小さな声を拾った者がひとり。三人いた先客とは別の、低い男の声が背後から響く。レイズは変わらずカウンター内に立っているから、その声は喫茶店のバックルームからのものである。
レイズの表情が呆れに変わり、
「そっちのドアから入らないでって、いつも言ってるでしょ?」
振り向きもせずに声を掛けた。
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