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息苦しい程に、じめじめと湿りきった空気。灰色の建造物はささくれた塗装へ幾本もの蔦を這わせ、黄昏色の街灯は辺り一面に立ち込める濃霧へ、まるで諦めたかのように弱々しく光を滲ませる。何もかもが、決して晴れる事の無い閉塞感に溺れているようだった。
道を知らぬ者が歩けば一分もかからず迷子になるようなこの街の裏路地へ、小さな人影がひとつ、揺れていた。
黒いミリタリーコートのフードを深く被り、その裾からは見るからに華奢な素足が見え隠れしている。背中には、その矮躯におおよそ不釣り合いな、二メートルはあろうかという細長い荷物が丁寧に布で巻かれ、袈裟懸けに背負われていた。
「ここか……?」
人影が、切れかけた街灯の下で立ち止まる。小さく呟くその声はまるで波紋の如く、重苦しい空気を波打たせた。それほどに、辺りの景観は物音ひとつ発する気配が無かった。
凝結した水分が街灯の縁を伝い、弱々しく光る灯火を僅かに吸い込みながら、ゆっくりと自由落下を始める。
はたり。その水滴が人影の肩を叩き、妙に乾いた音をたてた、その瞬間。
風を切る鋭い音が辺りの静寂を引き裂き、
「うっ……!?」
容易には立っていられないほどの突風が吹き荒れた。
思わず腕で顔面を保護するも、よたよたとよろける人影のフードが剥がされる。
ラズベリー色の艶やかな長髪が、強風に靡いた。
彼女が何とか薄目を開けると同時に、何事も無かった様に突風はおさまった。徐に目蓋を上げたその表情が、驚愕に変わる。
辺りに立ち込めていた濃霧は、跡形もなく消え去った。代わりに現れたのは、見上げる程の巨大な鉄格子に囲まれた洋館と、統一性の感じられないちぐはぐな街並み。相変わらず空には重厚な雲が居座っていたが、明らかにそこは、今まで歩いていた貧困街とは全く別の場所であった。
呪われた街『オルガナスタ』。
街中の至るところで、尋常ならざる異様な気配が蠢くのを感じ取れる。
「上等だ……」
ラズベリー色の少女が、不敵な笑みを浮かべた。
「多少、捻じ曲がってたって構わねぇ。歪んでいようが信念があればいい」
声色だけは、何処か幼い。しかし口調も表情も、その佇まいも、無垢な子供とは程遠い。
「期待してるぜ、『オルガナスタ』……」
少女は、ラズベリー色の長い髪を再びフードの中へ押し込むと、目の前に聳える洋館の黒格子を、ぐっと押したのであった。
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