第0章 管理人の洋館

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  洋館の広間は薄暗く、冷たい空気は肌を刺すようだった。 天井に釣り下がるシャンデリアに明かりは灯っておらず、館内にも人の気配は皆無である。にも関わらず、足元の絨毯は動脈血のように鮮やかな赤色を保っており、豪華に装飾された内装やそこに掛かる絵画にも、塵ひとつ付着してはいない。 広間の真ん中に立ち止まり、訝しげに辺りの様子を探るのは、黒いコートを身に纏い、フードを深く被った少女である。 不意に、ふわりと辺りの気配が揺れ動いた。 「貴女が、新しい住人ですか」 はっとなって、声のする方へ振り返る。そこには何処から現れたものか、喪服のように黒いドレスを着込んだ淑女か、テラスへと続く湾曲した階段を、一歩、一歩と、降りて来る所であった。 「ようこそ、オルガナスタへ……」 彼女の放つ気配は異様なまでに希薄であった。頭から垂れる黒いレースに隠されて、その瞳の色を窺うことも出来ない。 「お前が、この街の管理人か」 「ええ。私、マダム・ブラックと申します。以降、お見知り置きを、アイリスさん」 漸く階段を降りきったマダムが、ゆっくりゆっくりと言葉を並べ、妖しげに口元を折り曲げた。 「あぁ……」 アイリスと呼ばれた黒コートの少女か、ぶっきらぼうに返答する。目深に被ったままのフードは些か失礼でもあったが、マダム・ブラックは構わずに話を進める。街へ流れて来る者達の性質上、そう珍しい事でも無いのだろう。 「貴女には『キラーエリア』に住んで頂こうと思っています」 マダムの翳した手の平に、ぱっと、何処からか書類の束が現れた。フードの奥でアイリスの瞳が、大きく見開かれる。 「こちら、以前情報屋づてにお見せした中から、貴女が好みそうな物件を幾つか見繕っておきました。それとももう、お決まりでございますか?」 アイリスはマダムへ歩みより、それを受け取りながら、 「随分な奇術だな。どんな仕掛けだ?」 「ふ、ふふ……。手品は種が判らないから、面白いのですよ」 しかし、マダムは軽く受け流す。アイリスは軽く笑うと、手に取った書類の束へ目を通し始めた。 「『キラーエリア』は、手段はどうあれ、高い戦闘能力を持った方々が多く住まわれてます。きっと貴方に合った仕事が、見つかるでしょう」  
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