32人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ
「僕が何かっテ? さぁ、何だろうネ?」
「マダムの旦那……、じゃ、無いようだな……」
「クシシシシ……! 正解でス」
笑い声にも、喋り方にも声音にも、統一感が無い。
「我は、この街の服管理人であル!」
弛んでいた頬を引き締めて、今度は将校のような口調。役を演じきれない舞台役者のように、語尾のイントネーションが片言じみている。人格までが継ぎ接ぎで出来ているようだった。
「さっきの気配もお前だな。何をした?」
ぐいと長物を押しやって、瞳に力を込める。しかし詰め寄られた青年は、事もあろうに破顔した。
「カッカッカッカ……!!」
「……!?」
そしてドロリと、青年の姿が溶け始めた。ボタボタと絵の具でも垂れる様に、青年の下半身、上半身が消えて無くなり、そして、
「……っ!!」
「何したかって、ちょっとしたお遊びサ」
易々と、アイリスの背後を取ったものだ。アイリスは振り向けないまま、青年の気配を背中で探るしかない。
「うちの管理人はネ、とっくに死んだ旦那がまだ生きてると、本気で信じてるのですヨ」
今度はケタケタと、甲高い笑い声である。
「滑稽デ、面白くっテ。ついつい、ああやって遊びたくなっしまいまス」
「この、ツギハギ野郎。悪趣味な奴だ……」
アイリスは吐き捨てるように言った。
「うひょひょひょ、何とでも呼んでおくれヨ。まぁ、そんな感じで俺は、楽しい楽しいピエロな服管理人だヨ。宜しくネ」
「……」
背後で、また服管理人の気配が忽然と消失する。アイリスの表情は、歪んでいた。腹の底に渦巻くのは、敗北感と屈辱感である。
「何者だ、あの男……!!」
彼女の名は、アイリス。
ファミリーネームは、両親を戦争に奪われ、捨てた。それからは平和を求めて、必死に戦場を駆けずり回った。例えどんな人間が相手でも、遅れなど取らない自信があった。それを……、
「……っ、くそっ」
バサリとコートを翻し、足早に格子門へ歩を進める。見事に手入れの行き届いた庭園も、目に入らない。彼女は、こんなところで躓いていられないのだ。
これまで払った多大な犠牲を、無駄にしないためにも。彼女の理想を、叶えるためにも。
そのために、彼女はこの『オルガナスタ』へやって来たのだから。
最初のコメントを投稿しよう!