第1章 喫茶店『Keep Out』

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  その日。 天気は快晴だった。 昼下がりの日差しに燦々と照らされて、流石のアイリスもコートは着込めなかった。もともと分け有りだらけのこの街で、顔を隠すのも栓無き事。ここ数日の生活でそう学んだ彼女の今日の服装は、白のブラウスにチェック柄のミニスカートであった。相変わらず背中に長物が背負われているのは、 「ウヒヒ、おい、嬢ちゃん可愛いな、寄っていかない」 などと、お天道様の見ているうちから妙な目付きの男が声を掛けるのだから仕方がない。 『オルガナスタ』には、ありとあらゆる世界から、元の場所で生きていけなくなったはみ出し者が集まって来る。大きな犯罪を犯した者、危険思想を持つ者、国家から莫大な懸賞金を掛けられた者、闇組織等から追われる者。そうして、己の存在を脅かす大きな力から逃れる者たちが集まるのが、『エスケープエリア』である。オルガナスタの中で最も広く人口の多い地区であり、歴史も古い。比較的真っ当な人間が居住するためか、街の景観も常識の範囲を保っている。 同じく古い歴史を持つのが、『オブスタックルエリア』だ。この地区に住む人間は世間から逃れた者ではなく、追い出された者達である。体に異常がある者、心が正常で無い者、著しく捩じ曲がった嗜好を持つ者、危険すぎる力を持つ者。大きな事故や虐殺事件までが日常茶飯事であり、住人の心身を象徴するように、街の景観はまるで廃墟である。 一方で、アイリスの居住する『キラーエリア』は比較的新しい地区である。このエリアは、事もあろうに殺し屋を生業とする者達が集められた特殊な地区であり、面積も狭く人口も少ない。確かに、この街ならば殺しの依頼には事欠かない。もとは、この街に流れ込んだ賞金首を追う者達の居住するエリアだったが、近年では他の二つのエリアと更に複雑な関係を築き始め、一概に粛清者の街とは言い難い様相を呈している。 今、アイリスが歩いているのは『エスケープエリア』の繁華街であった。 繁華街と言うだけあって、街道の活気はなかなのものだ。しかし、数階建ての建物は石造りであったりセメント造りであったり、材質や色かたちに節操が無い。飲食店や雑貨屋なとはそれと分かるが、何を扱っているのか分からないような怪しげな店も一軒や二軒では無かった。  
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