第1章 喫茶店『Keep Out』

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  ブリキ製の、髑髏を形どった建物には大きく『死体屋』と雑な字体で書かれており、両目の穴から燐が燃える様な青色の煙を上げている。その得体の知れない店を右手に切れ込むと、まさに裏路地といった様子の荒れ尽くした細道が姿を現した。 この路地の奥に、アイリスの目指す店がある。 『貴女に、紹介しておきたいお店があるんですよ』 オルガナスタへ辿り着いたあの日、マダム・ブラックが言った。 『『Keep Out』と言う喫茶店です。『エスケープエリア』の裏路地にあるんですけれども、とても素敵なお店ですのよ』 喫茶店がどうした、優雅なティータイムなど間に合っている。と、いっときは思ったのだが、 『マスターさんが、優秀な情報屋でございますの。貴方の目的のためにも、この街の情報は欲しいのではなくて?』 そう、続けられて固まった。確かにその通りには違いなかったが、自分の目的の事など、口外した覚えが無い。決してあの管理人を侮るまいと再認識して、アイリスは洋館を後にしたのであった。 「……、あった」 埃臭い裏路地へ埋もれるように、小洒落た喫茶店が一軒。カントリー調の十字窓が二つに、扉が一つ。その扉へカリカリと、黒猫が一匹、爪を立てている。 『Keep Out』と、壁の至るところに赤字でペイントしてあるのは店のデザインだろうか。窓から覗く限り、来客の数も多くは無さそうである。屋号が『立ち入り禁止』では致し方あるまい。 アイリスは躊躇う様子も無く、店の扉を開いた。カラカラと取り付けられたベルが店内に鳴り響き、足元から黒猫がカウンターへと走り抜ける。 「いらっしゃい。あら……」 カウンターの奥で、新聞を読んでいた女性がアイリスに目を止め、にっこりと微笑みを投げた。 「新顔さんね。何にする?」 服装は、紫のベスト一枚である。豊満な胸部の谷間を目の当たりにして、アイリスは何とも無しに言葉を詰まらせた。 「とりあえず、好きな席に座って。今、メニューを渡すから」 くすりと笑った女店主が、グラスに氷水を注ぎ始めた。馬鹿にされた気分になったアイリスは眉間に皺を寄せ、足取り荒くカウンター席に座った。 出された氷水へ手を掛けながら、値踏みするように女店主の顔を見上げる。穏やかな瞳の色は、慈愛と冷たさを併せ持っているような琥珀色だった。薄緑に染められたセミロングの髪に、左目の下には、黒猫の刺青。  
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