忘れかけた傷

5/15
前へ
/340ページ
次へ
「まこ」 トイレから出て、富田の待ってる席に戻ろうとしたあたしは、その声で足を止めた。 少し跳ね上がった心臓、あたしは左の胸に手を当てて、ゆっくり振り返る。 「やっぱ、まこだ。こんなとこで会うと思わなかったよ。あの時は…ごめんな?」 そう言って、あたしの右の頬っぺたを優しく撫でながら、少しおどけて笑った。 今のあたし、どんな顔してるかな。 「まこ、どうした?」 「ちょっ…」 あたしを覗き込んだその顔が近すぎて、後ずさった。 「まこ…」 あの頃、大好きだった声。 「まこ、もう28か…。結婚は?」 「してないのか…」 あたしの左手を取って、薬指を優しく撫でた。 「触んないで…」 「あぁ、ごめん…もう、俺のまこじゃないもんな」 「…ごめん、人、待たせてるから」 一度だけ視線を合わせてから、あたしは逃げるよーに富田の待ってる席に向かった。 .
/340ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14222人が本棚に入れています
本棚に追加