忘れかけた傷

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「まこっ」 呼びながら、あたしの腕を強く掴んだ。 「ちょっと、離してよ」 「なぁ…子供…どうした?」 少し眉を下げて、あの頃とちっとも変わらない困った時の顔。 「…そんな顔しないでよっ」 「ごめん…」 「子供なんか生んでないから。あんたが居なくなった後…ちゃんと中絶したから、安心して」 「本当に…ごめんな?」 「今更謝っても……っ…遅いんだよっ…」 流したくもないのに、勝手に流れてくる涙をシャツの袖でごしごし拭いた。 「何やってんだよ、おせーよ」 富田の声が聞こえて、あたしは顔を上げた。 少し不機嫌そうな顔で、隣にやって来た富田は、目の前のあたしの腕を掴む手をゆっくり離した。 「帰るぞ」 言いながら、繋がれた手。 あたしはその手に、ぎゅっと力を入れて握った。 .
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