キセキノグラス

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「え」 冗談とも本気ともつかず僕は反応に困る。 「このグラスで白ワインとか日本酒とかを飲んでみたい」 実用としては考えたこともなかった僕は、唐突な彼の意見に面喰いはしたものの、想像してみればそれはとても美しい絵面に思えた。 「どうせ、これで酒を飲むなんて考えたこともないんだろう。それにこれを手放せばお前の恋も成就するかもしれないぞ」 「そんな謂れを信じろと」 「別に信じなくてもいいさ。 でもこないだ俺が授けてやった策はけっきょく実行しなかったんだろ。 馬鹿正直にさっさと報告したうえに、その後の世話まで。 これでもうそのキョウコさんに会う口実もなくなってしまったじゃないか」 馬鹿正直と言われればその通りなのだが、さすがにその言われ用にむっとした僕は、強い口調で言い返す。 「対価をもらった取り引き、言わばこれは商売だ。僕は商売に関しては誠実でいようと決めているんだ。『誠実な商い』が先祖代々からの我が家の家訓なもんでな」 「大袈裟だな。それにその誠実な商いが成功しているようには見えないぞ」 言って、住居兼、倉庫の部屋をわざとらしく見渡してみせる。 たしかに、ウチは裕福とは言えないだろう。 何十万、何百万という品を扱いながらも、実質の実入りは鑑定料や手数料によるものがほとんどで、それすらもこの不況下ではのべつあるものではない。 土台、骨董屋なんてのが儲かる商売ではないのだ。 「僕はこれで十分満足している」 「だけど、キョウコさんのことは。このままこれっきりになって、それでお前は満足なのか」 「それとこれとは話が別だ」 「別じゃないさ」 「何が言いたいんだ」 「もしこのグラスを譲ってくれるなら、お前が抱えてる悩みの方も引き受けよう、と言ってるんだ」 そうして彼は自分のプランを話し始めた。 悪くないアイデアのように思えたし、結局の所そのプランは、この口の悪い友人が僕のためだけに提案してくれていることなのだ。 グラスの授受は言わば照れ隠しのようなものなのだろう。 「手放すことで奇跡を起こす奇跡のグラス、ね……」 僕は彼の申し出を受けることにした。
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