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――戦乙女は民を救う。
――民を救って、国をも救う。
どんなに辺境に住んでいようが、この言い伝えはリルミナ公国の民なら誰でも知っている。
しかし悲しきかな。
言い伝えはあくまで『言い伝え』。
それが事実かすら分からないのだから仕方ないのだが、本気で信仰している人間は少なかった。
かくいう国境付近の村、「リーフェルト村」に住む少年、ジルもそれを15の歳までは本気で信仰などしていなかった。
そう、15の歳までである。
その日は空模様もどうしたことか不機嫌で、隣の家のマーサおばさんも「洗濯が溜まっているのに」と、嘆いていた。
しかしジルにはそんなことは関係ない。
今日も今日とて、彼は友人であるレティシアの家を訪れていた。
レティシアは村長の娘で、戦乙女の末裔だとゲルニル、もとい村長が言っていた。
確かに彼女は様々なことに秀でており、特殊な面もあるわけだが、戦乙女がどうのなど彼女自身は全く自覚がない。
「レティ、今日はどんなお菓子を作ったの?」
レティシアの趣味の一部として、菓子作りがある。
輝くような金髪を揺らしながら作業をする様は見ていてとても美しい。
ジルはレティシアの作る菓子も好きだが、料理をするそのレティシアの姿も好きだった。
故に、レティシアが菓子を作ると言えば彼女の家まで赴き、毎回それを見ながら他愛もない会話をする。
それがジルの日常だ。
「今日はチーズケーキね。上手くできてるかはわからないけど」
彼女は苦笑混じりにそれをテーブルの上に置いた。
四角く、お洒落に装飾してあるそれは、最早趣味の範囲を飛び出て、芸術作品ともいえる上品で高級な風貌を放っていた。
「毎回ながら、レティの趣味には驚かされるよ」
「えへへ、さ、早く食べて?」
うん、と言ってそれを口へと運ぼうとした時だった。
けたたましく響く鐘の音。
国境付近ゆえに付いている『敵襲』を告げる鐘である。
しかもかなり危険度の高い。
恐らくは隣国、『アズルゲイブ帝国』の騎士団だろう。
ジルとレティシアは互いに顔を見合わせ、頷きあい、彼女の家の地下室へと向かった。
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