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時間とはなんと抗い難い力なのだろう、と少女は思った。
「――月日は百代の過客にして行き交ふ年もまた旅人なり」
少女はアスファルトの細い歩道を歩いていた。旧盆を二週間は過ぎ暦の上ではもう秋のはずだが、そんなものは名ばかりで日差しはまだまだ強い。湿気も相まって不快指数は鰻登りだ。
「――草の戸も住み替はる代ぞ雛の家」
彼女は今、自宅から徒歩十数分の距離にあるスーパーを目の前にしてそちらに向かっている。開業してから二年しか経っていない比較的新しい店だ。これが建つ前ここは確か、ボウリング場だったはずだ。その前は――空き地だったように彼女は記憶している。
「――夏草や兵どもが夢の跡」
時間というものは無情にも、全てを変化の大渦に巻き込み、とどまることを許さない。背景の青々とした山だって秋になれば赤や黄色に染まり、冬には雪化粧をする年もある。しかしその変化は予見出来る穏やかなものだ。
「――行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし」
徐々に移ろいゆく日常なら侘び寂や趣を感じようが、人はそれが時には急激に訪れることを知っている――例えば、慣れ親しんだ町が一昼夜のうちに焼け野原になったら、昨晩までと異なる土地や環境で夜眠らなければならなかったら、目の前にある夏の景色が目を離した隙に雪山になっていたら、――そしてそれが紛れもない現実だと知った時、人は何を思うのだろう。もしそれが自分に対して起こったら――
穏やかで変化に乏しい日常を送り続けてきたこの小柄な少女は、時々そんな突拍子もない空想に耽ることがあった。
「――祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……」
古典の引用句を呟きながら華奢な少女は、丈長の白いワンピースを揺らして車の疎らな広い駐車場を横切っていく。彼女の白い鍔広の帽子と長い黒髪は、地面がアスファルトでさえなければ確実に一枚の絵になっていたことだろう。まだ日は高くないが照り返しでもう十分に暑く、彼女は額に汗を滲ませていた。
スーパーの入り口の自動ドアをくぐると、二枚目の扉には向かわず、水色とピンクの模様が入った裾を翻して脇にある休憩スペースに腰を下ろした。肩から提げたグレーのポシェットからハンカチを取り出して汗を拭う。
(そういえば、中に入ったのは初めてだったかな)
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