2238人が本棚に入れています
本棚に追加
嫌な音が聞こえた。
頭が割れそうなほどの喧騒の中、そんなものがちゃんと私の耳に届いたのは不思議だけれど。
確かに聞こえた気がした。
そして、空気を裂くように。
秋野さんの苦悶の声が響き渡った。
「秋野さん!!」
何も考えず、無我夢中で喧騒に飛び込んだ。
殴り合う群集の中に飛び込んで、うずくまる彼の元へ駆け寄る。
「秋野さん!!」
額に汗を浮かべて唸る彼の前に膝をつき差し延べようとした手が、届く前に。
「───っ!」
誰かに頭を容赦無く髪の毛ごと掴まれた私は、あっという間に無理矢理立ち上がらされた。
「い、た…っ!」
頭の後ろに回した手で、髪を掴む大きな手を引き剥がそうともがく。
つま先立ちの状態で、髪の毛が引っこ抜けそうなほど引っ張られて。
あまりの痛みに耐えきれず涙をこぼした目が捉えたのは。
場にそぐわない穏やかな微笑み。
その顔を知っていた。
「あれ、女の子?」
その嫌に大袈裟に驚く声も、知っていた。
最初のコメントを投稿しよう!