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秋野さんの家は、本当に小さなアパートの、端から二番目の少し廊下が薄暗い場所にある部屋だった。
一番端の部屋には誰も住んでいなかったし、もう片方の隣には表札はあったけれど、こちらも人が出入りするのを見たことが無かった。
少し他から隔絶されたようなあの一室は、だからか、中がどんなに騒がしかろうと誰にも怒られなかった。
私はその部屋で、年がら年中まるで同じ一日の過ごし方で、ただひたすらにゆるゆると時を重ねた。
秋野さん達が怒号を上げて、結束して何かに向かっていく様を横目で見ながら。
たまに少し血を見て帰ってくるのに、怯えながら。
たぶんずっと、私は期待していた。
待っていた。
希望を持って、離さないように。
『どっか行きたいな。な、こより』
秋野さんとは部屋で過ごす事が多かったけれど、いつだったか彼に連れられて少し遠くに出た事があった。
秋野さんのバイクに二人で乗って、見慣れない街に出た。
秋野さんと二人でバイクに乗るのは好きだった。
問答無用でしがみついていないといけなくて、何の遠慮もなく彼の……人の体温を感じていられるのが好きだった。
考えてみれば私は、人の体温を感じられる状態にある事が、秋野さんと出会うまで全く無かったように思う。
私が小さい頃は、お母さんは私を抱いたりしたんだろうか。
それはきっと、子どもを育てるうえで必要な事として、抱かれた事はあるのだと、普通に考えて思うけれど。
だって、彼女が私を育てた事は確かなんだから。
……その頃は、もしかして愛されていたんだろうか。
とにかく私は、人の体温というものが、あんなにも心地良いものだとは思っていなくて。
学校に行っていた頃、体育やら行事ごとやら何やらで、この人は私を嫌ってはいないだろうかと怖がりながら人に触れていた頃とは違う。
私と二人で出掛けることを望んでくれる人に、何の疑いもなく触れた、あの時の温かみ。
あれは人が生きていく上で、どうしようもなく必要なものなんだろうと思う。
あれを感じられない限り、人はどうしようもなく寂しく、人を求めてしまうものなんだろうと思う。
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