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ハッキリとした根拠は無くても、それはこの街で育った私にはわかる匂いだった。
ああいうものに近寄らないよう、付け込まれないよう、誰に教えられずとも遠巻きにしていた。
逃げてはいけないことは分かっていた。
楓子さんが秋野さんを引き合いに出したことを思うと、この少年も同じことをする可能性は高い。
けれど、同時に。
この少年に捕まったが最期、これ以上落ちようもないと思っていた私の人生は、瞬く間に、もっともっと暗く先の見えない場所まで堕ちていくだろうと思った。
そういう場所の住人に、何故か目を付けられている。
何故か、わからない。
でも……捕まったが、最期。
───秋野さん。
秤にかけて、どちらが重いかと誰かに聞かれれば、私はすぐに即答できる。
大事なものはある。
自分なんかよりずっと大事なものが。
あると思ってる。
……いつだってそうありたいと思ってる。
白組が壊されるくらいなら、私は【オギ】の側にいて、人形呼ばわりされて、例えば本当に人間扱いされなくたって、構わない。
秋野さんが酷い目に合うくらいなら、私は他の何を捨てても彼を守る。
そう、わかってるはずなのに。
一歩、自分の足がたたらを踏んだ。
そのまま、二歩三歩と後ずさる。
それに気づいたのか、少年は一度立ち止まる。
「俺のこと知ってる?」
目が泳ぐ。
後ろはホテル。
「……芦原さん、ですか」
テラス席は両脇に短い煉瓦塀がある。
右の方の煉瓦塀のすぐ側には、少年が乗っていた車がある。
私の返事を聞いて、少年はまた笑みを深める。
「あっそ、知らないんだ」
車で追ってくるかもしれない。
車の向きと反対側に行って───
「そんな声聞くと、なんか可哀想になってくんなあ。とって食ったりしないから、とりあえず座れば?」
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