僕の前に緋色仮面が現れた。

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◇ 「きゃああ!! ひったくりよ!!」  賑わう商店街に響く高い声。買い物袋を抱えた女性が叫ぶと、その場にいた誰もが彼女の示す方向に向き直った。疎らながらも人の波が、大通りに大きな網を作っていた。その隙間をしかし、一人の男がぬらりくらりと掻い潜る。その手には手提げ鞄が鷲掴みにされていた。普通に買い物をしているだけの人ばかりの商店街において、颯爽と駆け抜けるその姿は、一人目立っていた。そのため彼が件のひったくりの犯人だということは誰の見る目にも明らかだった。 「お願い! だれかつかまえてええ! 私のエステ代があああ!!!」  あんまり助けたいとは思わせない言い方をする女性の声。ただ学校帰りに行きつけのお肉屋さんでコロッケを買いに来ただけの僕も、その場に居合わせていたが、その女性を助けようとはしなかった。それはここにいる人々すべてがそうだろう。別に助けたくないわけではない。けど、この山鳩町においてその行為は一切必要ないことを誰もがわかっていたのだ。  ゆえに、僕ら山鳩町民はまるで案山子のようにその場を動こうとはしなかった。  ひったくり犯の激走が途端に止まった。商店街の出口で立ち止まっていた。どうやらもうお出ましらしい。注目が彼の方へ集まる。僕もただの傍観者としてそちらを見ていた。 「そんな!! もう、現れやがった!?」  男が発狂に近い声で叫んだ。男の前方には一人の小柄な人間が立っていた。逆光で姿がよく見えなかったが、ちょうどいいタイミングで太陽に雲がかかってくれたおかげでその彼の姿が徐々に明らかとなっていった。
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