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「おいおいおいおい、小悪党。お前の悪は何を救い、何を守るか。よーく考え、そして安心するがいい。お前が今、救おうとしている世界は全部、私が正義で救ってやる! 守ってやる! 灰色の曇天を見事な緋色の夕焼けで照らしてやる!」
赤く長いブーツを履き腕にも赤く長い手袋、全身は白く分厚そうな布のつなぎ、胸にはおそらく段ボールでできた『HIRO』のロゴが取り付けられている。そして顔はイカした赤と白と黒で構成される、仮面。そう、彼こそがこの山鳩町の歩く観光名所にして山鳩町のヒーロー。
「お待たせしました、困り人! 『緋色仮面』、ただ今参上ッ!!」
どっ、と歓声が跳ねるように湧き上がる。いつの間にか商店街にいる人々のほとんどが彼の登場に歓喜していた。それほどまでの人気なのだ、彼は。
「っく、だがてめえみたいなチビ野郎に負けたとあっちゃ、地元にゃ帰れねえ! お前の強さのうわさは聞いている! だが、俺だって地元じゃ負けなしの生きた伝説『血塗られたやすり紙』のヤスだ!! そう簡単にゃやられねえ!!」
むしろ地元で苛められてたんじゃないかな、ってレベルのあだ名だな。よくしゃべる彼に、ゆっくりしかし確実に緋色仮面は手の骨をぽきぽき鳴らしながら近づいていく。
「つまり、それって」と彼はヤスを見上げるほどに近づく。仮面の後ろからヒョッコリ顔を出す緋色の髪がふわっと揺れた。「全力でいいってことだよね?」
ドッと、また歓声だ。一撃だった。ヒーロー様の腕力は噂では150馬力ほどだという。誰だよ、そんなわかりにくい単位で表現した奴。車かよ。ちなみに、工学的には、人間の馬力は十分の一馬力といわれている。というわけでこの噂が所詮噂だということがよくわかる。本当に150馬力のパンチならば「血塗られたやすり」が「血まみれのやすり」になっていたことだろう。
しかし、実際に見てみると一瞬でも信じてしまいそうになった。目測、およそ20メートル。ヤスがヒーロー様のパンチで飛ばされた距離だ。人の腕力とは思えない。ましてや、僕と変わらないくらいの細腕だ。……本当に、まるで僕みたいだ。
遠くから、ウーウーと脳に響くようなサイレンが聞こえてきた。
「おっと! もう、お出迎えのようだ。さらばだ、市民!」
言うとヒーロー様は全速力で走って、そして消えた。噂では馬の5倍早く走れるらしい。
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