昔のお話

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「ぁ…」 仰向けで寝ている貴更の目がうっすらと開いて、僕のほうを見た。 かすれた声は、貴更の容態が良くない事を示していた。 「貴更、ごめんね…僕遅かったよね」 「ぃ…ぇ…」 気丈に振る舞って見せる彼女に僕は胸がチクッと痛んだ。 額に川で絞った布をあてると、気持ち良さそうに目を細めた。 「どう?貴更」 「つめたくて…きもちいい…」 「そう、良かった」 ほっと息をつく僕を横目に貴更がたどたどしい口調で言った。 「さ、すけ…さん…ありがと…」 弱々しくも微笑んだ彼女の顔はとてもかわいらしかった。 「うん…!」 それを見て僕も微笑んだ でも…貴更が苦しそうなのに変わりはない。 このままじゃ… 「待ってて、貴更。僕傷薬と風邪薬持ってくるから」 貴更を撫でながらなるべく優しく語りかけた。 「また…いっちゃう…?」 目に涙を溜めて悲しそうにした貴更。 僕は安心させるように頭を優しく撫でながらすぐ戻ってくるよと言った。 「大人しくしていられるね?」 「…ぅん」 「よし!じゃあ行ってくるよ」 ギィ… と扉を静かに開けて出ていく僕の耳に小さくいってらっしゃいと聞こえた。 僕はその言葉がした方を振り返りニコリと微笑むと、小屋を出た。 「さて、一回村に戻らないと…」 僕は急ぎ足で森を抜けて村に戻った。 僕のおじさんは、この村の村長だ。 だから、僕の家はこの村で一番大きい。 両親が亡くなってから、村長の子供として育てられた。 正直、両親と暮らした記憶はあまりない。 とても小さな頃だったから。 だからかもしれない。 貴更を憎めないんだ。 僕の頭は至って冷静で、貴更自身は悪くないと断定している。 あの子は僕に危害を加えない。絶対に。村の人にも。 ガラガラガラ… 静かに自宅の扉を開け、階段の上の自分の部屋へと戻る。 「薬薬…」 傷薬はあったけど、風邪薬は… 茶の間かな…? おじさん、いなければいいけど…。 恐る恐る階段を下りて茶の間を除くと… 「良かった、誰もいない」 僕は戸棚にある風邪薬とペットボトルの水を持って傷薬の入った鞄に詰め込んだ。 「もうすぐ夕方か…」 早くしないと日が沈んでしまう。 こんな時間に出かけたら絶対におじさんに怒られるけど…もうあんな人知るか。 村の人もみんな…貴更を傷つける奴なんか大嫌いだ。
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