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一
上林萌子は、自分自身を良く知っていた。
人とぶつかり合っても、相手は自分の存在に気付かず、肩先を少し揺らすだけで足早に通り過ぎて行く。
ほんの……道端に転がる石ころにつまずいた様に……。だが、そんな石ころでも自分が何につまずいたのか位は、普通は振り返り確認するのではないだろうか?
生まれてから十九年。
自分ほど存在感の無い人間を、萌子はまだ知らない。
また、それに気付いたのはつい最近の事で
それまでの彼女は、 六歳年上の兄、幸人の隣で、今よりは笑顔があった様な……そんな気がする。
萌子の家は大手貿易会社を経営する、所謂、財閥で
金持ちと言うだけで人は羨望の眼差しで見るが、実情は違う。
上層階級というものは、自由という自由、個人の人格など全く無視した、紙幣が空を舞う事だけに重点を置いた世界となるのだ。
舞い落ちる札を掴む為に、両親は日夜仕事と接待に追われ、八百坪はある敷地に建つ大豪邸にめったに戻る事は無い。
そして、子供達には品行方正な清純さを求め
自分達の空いた時間は、お互いの愛人の為に使う。
全く…… 笑えるほど大人とは汚い生き物だ……。
結婚に関しても、勿論それは必須。
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