1/10
135人が本棚に入れています
本棚に追加
/202ページ

 上林萌子(かみばやしもえこ)は、自分自身を良く知っていた。  人とぶつかり合っても、相手は自分の存在に気付かず、肩先を少し揺らすだけで足早に通り過ぎて行く。  ほんの……道端に転がる石ころにつまずいた様に……。だが、そんな石ころでも自分が何につまずいたのか位は、普通は振り返り確認するのではないだろうか?  生まれてから十九年。 自分ほど存在感の無い人間を、萌子はまだ知らない。  また、それに気付いたのはつい最近の事で それまでの彼女は、 六歳年上の兄、幸人(ゆきと)の隣で、今よりは笑顔があった様な……そんな気がする。  萌子の家は大手貿易会社を経営する、所謂、財閥で 金持ちと言うだけで人は羨望の眼差しで見るが、実情は違う。  上層階級というものは、自由という自由、個人の人格など全く無視した、紙幣が空を舞う事だけに重点を置いた世界となるのだ。  舞い落ちる札を掴む為に、両親は日夜仕事と接待に追われ、八百坪はある敷地に建つ大豪邸にめったに戻る事は無い。 そして、子供達には品行方正な清純さを求め 自分達の空いた時間は、お互いの愛人の為に使う。  全く…… 笑えるほど大人とは汚い生き物だ……。 結婚に関しても、勿論それは必須。
/202ページ

最初のコメントを投稿しよう!