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 金持ちの婚姻というのは、そうした利害関係上に成り立つ契約であり、愛などと言う戯れ言は……ほぼ皆無に等しい。  だが萌子は、そんな環境の中で愛してはならない人を愛してしまった。  兄、幸人の事である。  幼い頃から親の愛なくして育った二人。 幼少時代、間を置かず空を切り裂いた閃光の夜。 怯える自分に差し出された優しい手。 その温かい幸人の温もりだけが、今迄の萌子の全てであった。  手入れのない、胸まで伸びたストレートな黒髪。 大学一年になりながらも化粧一つしない顔にかけられた黒緑眼鏡。 肌の露出を極端に避けた地味な服装に身を包み、萌子はいつも俯き加減で歩いてきた。 外見通り、暗い臆病な性格ゆえに友達一人さえつくれない。  そんな人目にもつかぬ小さな存在の萌子を、幸人だけは、いつの日も優しく温かく、時には厳しく包んでくれたのだった。 しかし その兄が先日、両親が決断を下した政治家の娘と結婚したのである。  愛など存在しないはずの盛大な結婚式で、幸人は会社後継者としての決意と、隣で純白のドレスに身を包み、にこやかに微笑む女性を生涯愛すると誓った。  そして、 その瞬間、萌子の存在は……道端に転がる石ころよりも儚い、不透明な存在になったのだった。  哀しみ故に枕を濡らす真夜中。 それでも両親に逆らえず品行方正に生きるのは 萌子に与えられた臆病な人格故にか? それとも、金持ちの娘として箱入りに育てられた甘さ故なのか?  気が付けば……両親の敷いたレールの上を、今日も当たり前の様に歩く自分がいた。
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