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「わっ、解りました」 ついに根負けした萌子は首を縦に落とす。 「やったあっ!!」 ユキは満面の笑みを見せると、手に持っていた案内状を彼女に差し出した。 「今夜七時に、ここに来て。必ずよ、待ってるから!」  彼女はそう言い残し、正門奥で待つ友人の元に軽やかな足取りで駆けて行く。 その後ろ姿を見送った後、萌子の視線は先ほど無理矢理、渡された案内状に落とされた。 (コンパなど、自分のような女が行っても良い場所なのだろうか?)  悩んでいると「キャハハ……」と、突然、笑い声が聞こえ、彼女はふっと視界を上げる。 目に映るのは、誰もが楽しそうに行き交う夕暮れのキャンパス風景。 友達……か……。もう返事は、してしまったし 「行くしか……ないよね」 間もなくして、深い溜め息が彼女の口から零れた。  新宿駅、東口。  交差点の信号が青に変わると、一斉に人の固まりが動き出す。 駅の横、派出所前に立ちスマホのディスプレイを見ると、時刻表示が18時45分から46分に変わった。 萌子は、家で自分の帰りを待っているであろう、ただ一人の人【婆や】に連絡をいれる。 すると案の定、婆やの不安気な返答が返ってきた。 「お嬢様、遅くなるならば危険ですから、市原(いちはら)に迎えに行かせましょうか?」 「大丈夫よ。ちゃんと一人で帰れますから。 それに……そんな事の為に、お父様の大切な秘書を使ったら叱られてしまうわ」 「でも、お嬢様……」 「いつも婆やは心配性ね。小さい頃から、そうだったわ」 「当たり前です。 幸人様とお嬢様は、幼い頃よりわたくしが大切にお育てした宝ですからね。 何かあったら婆やは生きて行けません!」 「もう、婆やったら大袈裟ね……。暇さえあれば、そればかり」 萌子の口元がフッと緩む。  確かに、婆やの言う事は本当だ。 物心ついた時から萌子と幸人には、この婆やしか居なかった。  誰よりも信頼できる大切な存在。  実際、結婚式の時など、自分の両親を見て何の感情も示さなかった幸人が、この婆やを目の前にした時だけは、薄っすらと涙を浮かべたのである。 萌子と幸人にとって、この婆やは実親以上の親であった。
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