一章

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 午前中の出来事であった。  繁華街の隅にある喫茶マドレーヌの女主人ミスト・リームは、玄関先の掃除をしていた。  ミストの朝はこうして始まる。  昼を過ぎる頃になると昼飯を食べに客が来る。  それまでには、日常生活に欠かせない家事を終わらせなければならない。  料理の仕込みは深夜にやるので問題ないが、洗濯と掃除ばかりはできなかった。  何事も太陽の日差しが大事。ミストの座右の銘でもある。真夜中に布団を干しても意味がないことをちゃんと知っているのだ。だから、朝早く起きる。睡眠時間は四時間程度だ。ミストは、働き者であった。 「お母さん。行ってきます!」  里子に引き取ったミックが、迎えに来たアスカと学校に向かう。  時刻は七時半であった。ミストは、掃除を手早く片付けてチリトリにゴミをかき集めた。昨晩は、水夫が騒いでいたので酒瓶が転がっている。毎夜のことではないが、少々、マナーに欠けた。  肉屋の女将が、ゴミを出しにやってくる。ミストは顔を上げて会釈した。肉屋の女将も挨拶をしてゴミ置場にゴミを並べる。その帰り際にたわいない雑談をした。明日は市が立つ日だとか、魚屋の旦那が浮気しただとかそんな内容だ。やがて、野菜屋の嫁や衣服屋の娘が混じり、暫く、世間話に花を咲かせた。  雑談が終わったのは、船が出航する合図となる鐘が三回鳴った時であった。
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