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そうやって、僕がボーッと窓の向こうを眺めていたら、一人の女性が向かい側の席に座る。右半分だけに見える青空の面積が狭くなった。
彼女の手には文庫本サイズの本。タイトルは《田山花袋全集》と書いてある。何日か前に、僕も読んだ。捲(めく)ってある部分の厚さを見るに、彼女が読んでるのは《蒲団》の中盤位だろう。
読みながら、彼女は口を開く。
「――死ね、芥(あくた)」
…………。
うん、いつも通り。
「理由を請求しますよ、不吊(ふつり)先生」
「……すまん、言ってみただけだ」
理由は特に無い。
言って、彼女は先程の僕と同じ様に本を閉じ、机に置く。
彼女の名前は不吊涼(りょう)。男みたいな名前だが、歴とした女性である。この学園で、高等部図書室兼生徒指導の先生として勤めている。今日の服装はグレーのスーツ姿。しかし、中はワイシャツでなく白いタートルネックだ。顔は結構な美人で、三十路に入ってるとは思えぬ程若々しい。茶髪混じりの黒髪はいつも通り、右耳辺りで束ねている。
表向きの顔は“普通に優しい先生”として成り立っているが、僕に対しては何故か“何となくで酷い事を言う先生”として確立している。恐らく、いや、絶対、僕に見せている顔が素だ。
――良い人には違いないけど。
「そろそろ、その癖治さないとボロがでますよ」
「言うは易く行なうは難し。そうは言うけど、癖を直すって結構大変なんだよ」
「と言うか、そもそもの話、悪態を振り撒く事が癖である――だなんて、おかしいでしょう。人、意識しないと悪口なんて言えません」
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