序章 とある先公との堕落論

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 いや、別にさ。と。  彼女は本から目を離し、僕を真っ直ぐ見る。僕もまた、目線だけを先生に向ける。  そこには、何にも例えようの無い、何かが宿っていた。  否、何も宿っていなかった。  元々有りもしないモノを、例えるも何も無い。 「無関心って訳ではないんだ。寧ろ、“どちらにも関心を持っている”。だからこその、“どうでもいい”。どちらがいいか、どちらが悪いか――最終的に、決めるのは個人だ。私にとってこの二つは、判断が付けにくい。前者は経験を重視してる奴が選び、後者は時間を重視している奴が選ぶ。私は、どっちも重視するような欲張りなのさ。『死んでは欲は満たされない。生有る内は、欲張りであれ』――と言うのが、私の恩師の教えであり、心得だ。当時は何とも傲慢だと思ったがな」  まあ、それだけの話だ。  そこまで語り、不吊先生はふうっと深い息を吐いた。ため息ではない。一気に喋ったから、酸素が足りなくなったのだ。先生は肺活量が自慢する程も無い癖に、多弁だからこう言う深い呼吸が多々あった。『被害妄想な生徒が相手だと、ため息だと思われて困る』と言ってた事を覚えてる。 「――言い訳ですね、それは」  僕は言った。  彼女の話を、語りを、意見を聞いて抱いた率直な僕の感想を、偽り無しに言った。  なるべく、不吊先生の前では嘘を吐かないように心掛けている。吐いてもどうせバレるし、彼女の機嫌を損なうだけ。  だから、僕は“有りの儘”のそれを続けた。 「それは、決める事に対して逃げてるだけですよ――不吊先生。逃げる避ける、正に逃避の為の言い訳です。“最終的に決めるのは個人”だなんて、そんな他人に……決める本人に押し付ける戯言、僕はあまり好きじゃない。先生は責任や批評を負う事を恐れているだけ、だからこその“どうでもいい”――“どちらにも関心を持っている”、でしょう?欲張りとか重視とか、そんなの関係無し。先生のそれは、責任転嫁の為の言い訳ですよ」
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