東京de王子様?

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「出て行け!」  舞台裏で本番を待つ緊迫した空気を、若い男の声が壊した。  ヘアメイクを済ませたモデル達と、名立たるヘアメイクアーティスト達が、何事かと振り向く。  彼らの視線の先に、若いファッションデザイナーがいた。日本人だが、ワインのような赤い髪をしている。  その赤髪を乱し、手当たり次第に新作の服を引き掴んでは、女性モデルに投げ付けている。 「何よ!痛いじゃない、顔に怪我でもしたら…」  涙を浮かべた美しいブロンドのモデルが反論するが、赤髪の男は黒縁眼鏡の奥から鋭い視線で彼女を睨み、大声で怒鳴り付けた。 「そんな顔、クソ食らえだ!服もまともに着こなせないモデルなんか、辞めちまえ!出て行け!」  ざわっと辺りのモデルの反感の視線が集まるのも気にせず、男は次の服を掴もうとしていた。 「飛鳥!あと二時間で本番なんだぞ!」  慌ててそれを止めたのは、宇佐美(ウサミ)だった。歳は四十代、年齢の所為だけではなく、あからさまに疲れの滲み出た顔をしている。  その宇佐美が止めに入ったが、飛鳥と呼ばれた赤髪の男は今にもブロンドのモデルに掴み掛らん勢いだ。 「離せ、宇佐美!」 「お前こそ落ち着け、飛鳥!」  立場的には飛鳥の方が上だが、歳は宇佐美は飛鳥の倍近くある。  その宇佐美に止められては、流石の飛鳥もモデルに手を挙げるような真似はしなかった。  とは言え、この状態になった飛鳥が簡単に落ち着くわけがないことも分かっている。  宇佐美は、泣き顔のモデルを見下ろした。 「悪いが、あんたは出て行ってくれ」 「そんな…!私はオーディションだって受かったし、わざわざこの為にトーキョーまで来たのよ?!」 「金は払う。事務所に話は通しておくから、とにかく今日は帰ってくれ」 「…っ そんな」  まだモデルが何か言おうとしていたが、白い毛が混じり始めた無精ひげの顎を掻き、宇佐美は首を横に振った。 「無理なもんは無理だ。ここじゃデザイナーが絶対なんでね」 「……っ」  ファッション業界では、確かにデザイナーの意向に沿わないモデルは 「使えない」 と言われている。  しかし、美貌を兼ね備えたそのブロンドのモデルは、過去に有名ブランドの服を着て舞台に立ったこともあり、今回はこのショーの為にイタリアから来日したのだ。  デザイナーとしては最若の飛鳥に 「出て行け」 と言われたことに、プライドが傷付かないわけがない。
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