東京de王子様?

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 さて…がらがらと大きなトランクを引っ張りながら、右も左も分からない状態で、杏樹(アンジュ)は東京駅へと降り立った。  長い茶色の髪を後ろで一つにまとめ、秋色のジャケットとジーンズと言うラフな出で立ちである。 (えーと、とりあえずどっちに行けば…)  新幹線のホームできょろきょろと辺りを見回すと、出口と書かれた看板をすぐに見つけることが出来た。  杏樹はまだ19歳だが、身長は176cmあり、女性の割にはかなり背が高い方だ。  もっとも杏樹にとって背が高いことは、周りを見渡しやすい以外に、何のメリットもなかったが。  むしろコンプレックスに感じることの方が多いから、杏樹は今日もヒールの低い靴を履いていた。  重いトランクを苦労して階段から降ろした後、杏樹は携帯電話を取り出し、約束した通り、田舎の叔父と叔母に電話を掛けることにした。  時刻は昼過ぎで、恐らく叔父も叔母も畑に出ている時間だろうから、留守電にメッセージだけを残す。 「もしもし、叔母さん?無事に東京に着きました。心配しないでね。また電話します」  幼い頃に交通事故で両親を亡くし、その後は父方の親戚である叔母の家に引き取られ、19歳まで育ててもらった。 「20歳までにはちゃんと自立するから」 と言うのが、杏樹の口癖である。  叔父も叔母も口を揃えて 「いつまでもうちにいても良いよ」 と言ってくれていたのだが、杏樹はそれを固辞した。  のびのびとした田舎暮らしは好きだが 「一度は東京に出てみたい」 という想いもあったし、何よりも両親のいない杏樹は 「早く自立しなければ」 と言う焦りがあったのだ。  田舎では就職口を探すのも大変だからと、単身、東京に出て来たはいいが、畑と田んぼしかない田舎から出て来た杏樹にとって、東京は外国に等しい。  そもそも、まず東京駅から外に出ることも出来ず、だだっ広い駅構内をウロウロする羽目になった。 「東京に行くと、麻薬を売られる」 とか 「東京の人は冷たく、声を掛けても無視される」 と言う話を聞かされていた所為か、杏樹の表情は硬い。
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