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薄いメイクも雨で落ち、前髪がべっとりと額に張り付く。
その時だ。不意に杏樹にザァザァと降り注いでいた雨が、止んだ。
ショックの余り半笑いのまま、杏樹はまず頭上を見上げ、そこに青空が広がっているのを見た。
真っ青な空色に、白い雲。
正確には、そう言う裏地の傘だ。青空色をした傘が、杏樹の上に差し出されていた。
「……?」
不思議に思って、傘の持ち主を見てみると、そこには王子様が立っていた。
そう、本当に幼い頃に見た絵本の中からそのまま抜け出して来たかのような、金髪に碧眼、青い貴族的な盛装を纏った外国人が、そこにいる。
そして彼は、困ったように微笑みながら、杏樹の上に傘を差し出していた。
「はぇ…?」
杏樹は自分の頭が、ショックの余りおかしくなったのではないかと、目を白黒させてしまった。
ここは東京、黒い傘にスーツ姿のビジネスマンが足早に道を行く中、どう見ても目の前の王子様は浮いている。
「あの、えーと…」
古典的に頬をつねって見ようかと思ったが、ずぶ濡れでべっとりと肌に張り付く服の気持ち悪さが、これは夢ではないと言っている。
突然出て来た車に水を跳ねられ、全財産とバッグを盗られ、今度は目の前に王子様。
しばらく無言のまま、思考停止状態で杏樹は固まっていたが、王子様の方も動こうとしない。
(な、なんでこんな場所に外人サンが…)
杏樹は引き攣った笑みを浮かべ、片手を挙げて見た。
「ハロー?」
田舎の高校で習った英語力をフル活用させた結果、第一声がこれである。
「えぇと…私、ノーマネーです。マネーないない」
また何か犯罪に巻き込まれるのではないかとビクビクしながら、必死に金がないことをアピールすると、王子様がこくりと頷く。
「見てた。分かりマース」
語尾の発音はおかしいが、どうやら彼は日本語が喋れるらしいと分かり、杏樹は胸を撫で下ろした。
「で、あの…何か私に用事ですか?」
まさか金で体を買ってやるとでも言われるのではないかと、杏樹は警戒心丸出しで尋ねたが、王子様は質問に答えず
「服、濡れてカワイソウ」
と言う。
傘を差し出してくれているし、親切な人物のような気はする。
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